アメリカでの生活とアートについて

ボルチモア美術館

私の個展期間中、ボルチモア美術館(Baltimore Museum of Art、通称BMA)へ行きました。マイカから歩いても15分くらいの距離です。コロナ以降、ほとんどの美術館と画廊が予約制になっているので、渡米の際には事前にチェックすると良いでしょう。

ここの展示でもアフリカ系アメリカ人の作品が多く展示されていました。彼らも美しい花や動物、風景画を描きますが、美術館では黒人のアイデンティティを表現した作品が中心となっています。

特に、BLM以降多くの美術館が黒人差別の撤廃を促進しているため、アフリカ系アメリカ人の展示が増えているそうです(オバマ時代からも既にその兆候は始まっていたけれど)。

このインスタレーションは、ミカリン・トーマス(Mickalene Thomas)の作品です。日本でも原美術館がペインティングを購入していたので、彼女の名前をご存知の方も多いと思います。

彼女は主に黒人のポートレートを表現しており、今回は美術館の入り口空間を使って彼らの生活空間を表現しています。

多くのアフリカ系アーティストの作品も含め、彼女の作品にはチープな装飾品やけばけばしい色彩が使われています。この素材は彼らのコミュニティにとって身近な素材であり、アイデンティティの表明です。

言い換えればアメリカの抱える闇を浄化しているかのようです。作品が美しいかどうかは国によって美意識が違うので判断することはできませんが、インパクトがあり分かりやすい作品です。

こちらはフィリピン系アメリカ人ステファニー・ジジュコ(Stephanie Syjuco)のインスタレーションです。

天井にいくつものの国旗があり、部屋の4隅には布で被せられた石膏像が置かれてありました。天井の国旗は、ある会議に参加した国々の国旗です。とてもコンセプチュラルな作品であり、独創的な光の効果が目を引きました。

上の作品はどちらも現代アートの大御所です。左がスペンサー・フィンチ (Spencer Finch)、右がダン・フレイヴィン (Dan Flavin)です。蛍光電球だけが設置されており、光はただの物質に過ぎないということを表現しているそうです。

今なお美しく見えるのは、洞窟の中で照らされた松明や、闇の中で光り輝く生命の存在を思い起こさせるものだからかもしれません。

このタぺストリーは、あるアーティストが表現した作品のように見えますが、実際はアフリカ系アメリカ人の労働者が仕事として制作したものだそうです。一見華やかな作品でも、その裏側には人種差別が横たわっていたことを証言した作品です。

このアーティストはサラ・オッペンハイマー(Sarah Oppenheimer)という彫刻家の作品で、カゴシアンギャラリーが扱っています。

カゴシアンのホームページで見た時にはしっくり来なかったのですが、実際の前に立つと複雑な光と屈折効果が綿密に計算されており、視覚的に新鮮でありつつも知的なアプローチがなされています。そのため、彫刻から、建築、空間芸術と鑑賞者の認識を広げた作品とも言えます。

一番右の作品は天井にあったのですが(キャプションがないと気がつかなかった!)、上の階まで空間が織り込むように連結しています。

こちらもアメリカ系アフリカ人作家でハーレム生まれのチャバララ・セルフ(Tschabalala Self)です。個人的には、日本の現代美術でも似た作品が多くあったように思います。

この作品も、ミカリン・トーマスや、カラ・ウォーカー(kara Walker)、シニク・スミス(Shinique Smith)、ワンゲキ・ムトゥ(Wangechi Mutu)のように、黒人に共通して見られる特色が強く、いずれ過去を俯瞰した時に一つの歴史的な流れに収斂されていくのではないかと思います。

キャプションの中でも見られたキュレーターのオクウィ・エンヴェゾー (Okwui Enwezor)は、アートワールドに影響を与えてきた人で、ニューミュージアムでも名前を見かけました。大学の講義でも頻繁に取り上げられていたように、とても重要な黒人のキュレーターです。

https://artreview.com/power-100/という、アートワールドに最も影響を与えている人100人(団体、画廊、キュレーター、アーティスト、思想家など)にもランクインされていたことがあり、これを見ると今の現代アートの流れが良く分かります。(前には村上隆や長谷川裕子、草間彌生の名前がありました)

またトップ画廊の”Artists”を見ると、現代アートの流れが分かりますので時々チェックしています。https://www.hauserwirth.com/artists 例えばこのHouser &Wirth(ハウザー&ワース)というギャラリーを見ると、どれもアメリカの美術館で見た有名なアーティストが多く扱われており、日本人アーティストも2人います。(私の過去のブログでも取り上げた作家が数人います)

もしその画廊のことを知りたい時には、画廊ランキングや扱っているアーティストのことをリサーチすると良いです。英語がわからなくても”ranking american contemporary art gallery in NYC”でググるといくつかサイトが出てきます。

この作品もアニメのようで、日本のペインティングと親和性があると思います。アーティストはリサ・ユスカヴァーゲ (Lisa Yuskavage)で、ギリシャ神話のピュグマリオーンから触発された裸体作品が興味深かったです。ダリのようなシュールな表現ですが、女性の身体を誇張した裸体はジョン・カリン(John Currin)の作品を思わせます。

こういったペインティングにも、歴史的にターニングポイントとなった重要なアーティストが何人も存在しています。その多くが日本に伝わっていないので、渡米前にはコンテキストを理解することが難しかったです。

基本的にアートは、「素材、テクニック、テーマ」が基本となっているので、日本画でもプリント、アクリルやデジタルなど現代的な素材を使えば現代アートだと主張することは可能です。(ただし欧米の現代アートのコンテキストに系譜しているかどうかは別の話です)

シャローン・ロックハート(Sharon Lockhart)の作品です。ガランとした空間に、鋳造された木の作品、グレーの写真が展示されており、奥には子供達が遊ぶ様子を写したビデオがありました。

作品そのものよりも洗練された透明な空間が美しく、北欧のクールな文化的要素が強く伝わってきました。この部屋にいると気持ちが和らぐので、美術館のワンクッション的な役割を果たしているかのように感じられました。

このアーティストもカゴシアンに所属するアーティストでカタリーナ・グロッセ(Katharina Grosse)という方です。色がゴテゴテついているのであまり好きではないのですが、多彩な色の中に複雑な空間を表現するセンスが卓抜しています。インスタレーションの方は微妙で、むしろペインティングの方が完成度が高く感じられます。

この作品はナウム・ガボ(Naum Gabo)の彫刻で、ロシア・アヴァンギャルドと構成主義で知られています。

良く見ると経年劣化による退色があちこちに見られるのですが、それでも細部への徹底したこだわりとクオリティに魅力があります。

モマで展示されていた下の写真のリー・ボンテクー(Lee Bontecou)の彫刻作品に連なるものを感じます。

普遍の逆は特殊なのですが、この作品からは特殊性を感じます。特殊性もアートには必要なことだと思いますし、普遍性ばかり追求すれば良い作品になるとは思えません。普遍性を追求していたら、特殊な作品になっていたということもあるはずです。

最後は野外彫刻(BMA sculpture garden)です。野外での展示は、季節によって変化する景色とのコラボレーションになるところが魅力的です。今は春なので生命が謳歌しており、彫刻は脇役となっています。また、晴れた日、曇りの日で作品の表情がすごく変わっていくので、美術館や室内の閉ざされた空間とは違った趣があります。

赤い色が際立つアレクサンダー・カルダー(Alexander Calder)と、石のベンチの作品で知られたスコット・バートン(Scott Burton)の作品は、モマでも展示されていました。とくにスコット・バートンの作品は、宝石のようにキラキラと輝いていてとても美しく、日本画の岩絵具を思い出したものです。モマで見た時はそれほど目立っておらず、置かれる状況によって印象が大分変わります。

うさぎの立像はバリー・フラナガン(Barry Flanagan)の作品ですが、彫刻が影と重なっているためか風景と同化しています。美術館の中だったら逆に目立ち、何か意味を持った物体に変貌します。そうすると鑑賞者に対して見ることと考えることを要求するので、ここで感じられるような解放感や親密感は無くなっていきます。

ちょうどモマで見たリチャード・セラの作品もそうでした。作品が美術館に置かれた途端、鉄の冷たさと重さ、錆びによる滅びの予兆、その素材に対するしなやかさによって見る者に畏怖の念を思い起こさせます。少なくとも、人間が考える理解の範疇を超えた何かが宿ってるように見えます。

逆にトロントの空港で見たセラの作品は、3Dプリンターで印刷された軽やかな樹脂に変貌し、形や空間の関係も合間って人々の中に溶け込んでいました。しかし鉄の方がはるかに圧倒的なスケールを感じさせます。

やはり素材だけ変えてもバランスに欠けてしまうのかもしれません。モマで多く展示されている具体派の作家の作品も、もし日本画の岩絵の具で描かれていたら弱くなっていたことでしょう。

それでは次回マンハッタン編に続きます。(マンハッタンは一般的に滞在費がかかるのですが、安く済ませる方法があります)

ルーカ教授から見るべき237個の画廊と重要な地区を教わったので一部共有したいと思っています。ただ私の個展が3週間後に控えていますので、搬入が終わった後に公開します。