アメリカでの生活とアートについて

女性解放思想 - 境界を超える女性たち –

久しぶりにシンシナティ美術館を訪問し、女性アーティストの作品のみ設置されているコーナーを周りました。

展示されていた作品は少なめでしたが、「美術館にどれだけ女性の作品が所蔵されているか?」について調査した統計が、データ至上主義のごとく壁に貼ってあったことが印象に残りました。

シンシナティ美術館でたった17.2パーセント、国全体でも12.6パーセントの女性アーティストの作品しか永久所蔵されていないそうです。

以前、私のブログで紹介したキム・クリスティンも同じように、聴覚障碍者のアーティストの作品がほとんど展示されていないこと、彼らの美術教育の水準の低さについて統計を用いて批判しています。

上の作品の作者はジリアン・ウェアリングで、世界的に有名な作家です。この作品を見て、何か奇妙だと思った方もいると思います。以下の文章は、私が翻訳したある本の一部ですが、彼女の作品を理解するためのガイドになっています。(どなたか出版社を紹介してください笑)

芸術家は、常に自分の顔をセルフポートレートとして記録してきました。例えば、ジリアン・ウェアリングによる作品は、普通の記念写真のようです。しかし、彼女の目の周りをよく見ると、奇妙なことに気付くでしょう。その理由は、アーティストがマスクをつけているからです。 彼女は、この制作を発表した時に40歳でしたが、17歳のときに撮影した古いスナップショットを再現しています。ゴム製のマスクの後ろに顔と首を隠し、髪形、服、オレンジ色のカーテンなど、全ての細部を注意深くコピーしました。

作品を見た人は以下のような疑問が湧くことでしょう。この写真は真実なのだろうか?それとも架空のものだろうか?それとも何か別のものだろうか?

彼女は、ヘア、メイク、特殊効果のアーティストのチームと協力し、マスクとかつらを制作しています。マスクだけで約160万円のコストがかかり、かなり費用がかかっています。その上完璧な作品にするため、多くの写真を撮りました。彼女は、「芸術とは架空のものを現実にすることです。」と述べています。

別のアーティストも同じ手法を使って表現していたのですが、彼女の場合はポストコロニアルをテーマにしていました。最初は、インディアンとアングロサクソンかメスチソ系の人が同じ場所で撮影した記録写真だと思っていたのですが、よく見ると現代の服装や髪形をしています。日本で同じような表現している人に、森村泰昌さんの作品がよく知られています。

この赤い刺繍の作品は、六本木の森ビル前にある巨大な蜘蛛のオブジェを制作したアーティストのドローイングです。彼女は、幼い時に体験したトラウマを表現しています。そのためホラーな作品が多いのですが、普遍性を得るところまで昇華しており、崇高なまでに美しく感じられます。

結局どんなテーマと題材であれ、正解、不正解はなく、アートとは「鉱脈を探求する人たち」が編み続ける物語なのだと思います。

最後に、気になった作品を何枚か載せておきます。