アメリカでの生活とアートについて

帰国

日本に帰国してきました。ここではアメリカより太陽の光がやわらかく、雲も綿菓子のようにふわふわしています。空も木も銀色のグラデーションが緩やかに広がっていて、やっと故郷に帰ってきたという実感があります。

成田空港では唾液によるPCRの検査を受けたのですが、幸い陰性でした。結果まで1時間半くらいかかりましたが、混んでいると5時間もかかるそうです。今は都内にて健康観察期間で、毎朝の健康状態の報告が義務付けされています。

以前、インターンシップを希望していたギャローデット大学は完全なオンライン教育に移行したため、これを機に文化庁の海外研修が終了する日に完全帰国となりました。しかし一旦コロナで中止されていたシンシナティでのプロジェクトの再開と、画廊でのアーティスト・イン・レシデンスが決まったため、9月に再渡米します。

このプロジェクトは、シンシナティのコンテンポラリーアートセンター(美術館)、画廊、シンシナティ大学教授とのコラボレーションです。私が制作した楽譜と楽器を使って4人の女性がバレーパークで演奏します。

また、このアーティスト・イン・レシデンスは去年の段階で話が来ていて、OPT(Optional Practical Training)の一環のために画廊との雇用契約になっています。このシステムはたとえばアメリカの会社などで研修を行うものです。ただこのOPTのために必要なEAD カード(労働許可証)を手にするまでにとても時間がかかり、オンラインでアメリカ大使館とも話し合いをしました。

将来OPTを受ける人たちのために、これまでの流れを以下にまとめます。

  1. 2019年11月 – 大学で開催されるOPTの会議に出る。(必須)
  2. 2020年1月 – ワシントンD.C.やマンハッタンにある雇用希望先に手紙を10通以上送る。(カバーレター、ステートメント、履歴書を送る)
  3. 2020年2月 – USCIS(米国移民局)に410ドルを支払い、EAD カードを受理するための申請書類を送付する。10月17日まで仕事を見つけないと強制帰国させられる。その間は帰国ができない。
  4. 2020年5月 – コロナで大使館が閉鎖され、EAD カードが届く気配が全くない。USCISに問い合わせ「インターンシップの面接があるから、EAD カードがすぐ必要」とチャットで話し合う。
  5. 2020年6月 – ギャローデット大学と面接し、100ドル支払って申請書を提出する。
  6. 2020年7〜8月 – 3週間以上待った挙句、ギャローデットから「完全にオンライン教育になったことで、インターンの採用が取り消しになった」との通知が来る。かなり気落ちしていたが、その直後シンシナティでのアーティスト・イン・レシデンスが決まる。
  7. 2020年8月 – 急いで文化庁の海外研修が終了する日のANAの航空券を購入し、ホテルの手配をする。画廊から雇用の手紙を速達で送ってもらい、さらにマイカにI-20の電子サインもしてもらう。(この雇用の手紙とEADカード、サイン付きのI-20が全てそろわないと再入国ができない)米政府機関のSEVISポータルに雇用先とOPTの内容を登録し、アメリカに戻るためのデルタ便のチケットを買う。

OPTが決まるまで、実に10ヶ月もかかり、ジェットコースターのような慌ただしい毎日でした。コロナ禍の中で雇用の手紙をもらうことはかなり難しいと聞いていたので、本当に嬉しかったです。下手したら、10月まで無職のままボルチモアに滞在していた恐れがありました・・・。

そして銀行や郵便などの手続きなどにも追われつつ、2年分の荷物をダンボールで梱包したあとシンシナティに送りました。残りはトランクに本などを詰め込んだのですが、合計145キロにもなってしまいました。

この引っ越しの手伝いは、友人であるアーティストのサラさんと彼女のパートナーが助けてくれ、空港まで車で送ってくださいました。仕事の合間に来てくれたお二人にとても感謝しています。