アメリカでの生活とアートについて

共生社会を作るための一歩 

突然、予備校時代以来の親友から大学講師の募集があるから受けてみないかと連絡が来ました。募集要項を読んでみると、自分だからこそできる仕事ではないかと思い急いで準備しました。

書類を完成させたあとは、20分離れた郵便局まで行ったのですが、閉まっていたので仕方なくさらに20分先にある郵便局まで向かいました。

ネットでは「宛先を日本語で書いても問題ない」とのことでしたが、局員に宛先は英語でどう読むのか、中身の内容まで細かく聞かれました。列も長かったので、終わったあとに時計を確認したら1時間半もかかっていました。

ただ採用に関して心配なのは、マスク着用でのコミュニケーションです。

私は渡米前の2015年に都立の高校で教員として仕事をしていましたが、その時に美術の専任教師であったA先生が校長先生に強く説得してくれたからこそ教師になれた経緯があります。

しかしこれからはマスクがあることで口話ができないため、特別なシールドを活用するなど工夫しなければならないかもしれません。

講師募集の書類を日本に送ったあと、帰りは大雨でした。そこで気がついたのは、貧困層の住宅の周辺には、少し丘になった地域から、雨水が洪水のように流れ込んでいました。コロナ禍どころか、インフラの面でも残酷な格差の現実を見た感じがしました。ずぶ濡れになりましたが、30分かけてようやくアパートに戻ってきました。