アメリカでの生活とアートについて

共生への可能性

私は2014年にマンハッタンに一年間留学した時に、様々な背景を持つアーティストたちに触れたことで、価値観が大きく変わりました。もちろん作品によって共感できる、共感できないに分かれますが、歴史を踏まえてお互いに考えていくことができます。

マンハッタンでさえ、共存しているというより完全に人種別に住み分けています。これは人々が理解し合えないけれども共存していることを意味しています。皆が物事を同じように考え、理解したり発言するとは限らないということです。

http://demographics.virginia.edu/DotMap/

ボルチモアの中心にアフリカ系アメリカ人が多く住んでいるのは、ルーズベルト大統領の人種隔離政策の名残で、この辺りはレッドラインと呼ばれていました。

アメリカは多様社会であり福祉国家なのですが、それでも宗教、人種、障碍者たちとの共生はとても難しい問題となっています。

私が今の大学院に決めたのは、教授が情報保障を保証してくれたこと、またキム・クリスティンを指導していたことが大きかったです。他大学の面接も控えていましたが、最終的にはK君のアドバイスが決め手になりました。

アニメーションの字幕が読めなくても、視覚的に分かりやすいです。

しかし、どんなに問題を抱えた国であろうとも、世界中から人が集まるアメリカのスケールは、どこかアメリカン・ドリームという幻想を感じさせるものがあります。

実は、私の中では今でも日本画とコンテンポラリーアートは地続きに繋がっています。そして日本で培った精神性は根底で変わることはありません。ただ日本画は日本で受け継いできた形式を重視するため、欧米のコンテンポラリーアートの方が現在取り組んでいる問題意識に直結しており、相互作用性への新しい可能性を感じています。