アメリカでの生活とアートについて

聴覚障碍者の英語について 2

アメリカの大学院では、様々な形でディスカッション(討論)が行われます。例えば教授と生徒たち、または各生徒6人でメンバーを組みます。

この授業は「ジェンダー論」なのですが、「そもそも男女とは何か、なぜ男女という概念ができたのか?」について討論し、理解を深めます。教授は盛んにミシェル・フーコーやレイウィン・コンネル、フロイトを取り上げており、学生は学部生から大学院生までいます。

今週は映画「XXY」「ボーイズ・ドント・クライ」について話し合いました。「XXY」は両性具有者のアレックス、「ボーイズ・ドント・クライ」ではトランスジェンダーであるブランドンのアイデンティティにスポットが当てられていました。

また同時に「男女差」の問題だけではなく、「人種、郊外と都心」との関係について、どのように反映されていたか分析しました。

議論の中では、皆自分の経験や知識も共有します。例えば学生のB君は、サバルタンと映画との関係性だけではなく、ジェンダー問題が社会にどのような影響があるのか説明していました。

こうした会話が毎回豊かになるのは、生徒のバックグラウンドが多様だからだと思います。

ノートテイカー

こちらはノートテイカーの方です。機材に文字を打ち込み、隣にあるパソコンに直接文字が反映され、さらに右側にあるアイパッドにもリアルタイムで文字が出てきます。ただ今回の授業も専門用語が多く、ノートテイカーが大変だったそうです。

また最近この文字起こしのスピードに慣れてきました。おそらく、私が筆談だけを通さないコミュニケーションに慣れて来たことと関係があると思います。つまり、頭の中で文字を音声に置き換えているのかもしれません。

ノートテイカーの方が言っていたのですが、アメリカ人の聴覚障碍の生徒でも、授業中にノートを読むのに苦労するそうです。多分ノートテイカーのバックグラウンドだけではなく、文字と音声との繋がりにも関係がありそうです。